
| 人類と砂糖には長い歴史があります |
| 人類と砂糖の歴史 |
世界の砂糖の歴史 |
| 紀元前 8000〜 1500年 |
南太平洋(現在のニューギニア周辺)に サトウキビ発祥の伝説が残る。 |
||
| 紀元前 400年 |
※インドで砂糖の知識が普及。 | ||
| 紀元前 327年 |
インド遠征中の アレクサンダー大王一行が ガンジス河流域でサトウキビを発見。
|
![]() アレクサンダー大王 |
|
| 400〜 500年 |
中国で沙糖(サトウキビを煮つめて完全に 乾燥したもの=砂糖)がつくられる。 |
||
| 500年代 前半 |
中国最古の農業書「斉民要術」が成立。 サトウキビ栽培法についての記述が残る。 |
||
| 630年〜 | 高い砂糖製造技術を持つアラビア人がペルシャを 征服した際、砂糖の製造が行われる。 |
||
| 649年 | アラビア人がキプロスを占領し、サトウキビを植える。 | ||
| 700年 | モロッコにサトウキビを移植。 | ||
| 710年 | エジプトで砂糖を精製。 | ||
| 714年 | スペインでサトウキビの栽培が始まる。 | ||
| 1096年 | 十字軍の遠征がはじまる。 十字軍の将兵が砂糖を持ち帰り、 ヨーロッパに次第に広まる。 |
||
| 1200年 | 中国の皇帝フビライが中国の福州に中東の技術者を 招いて草木の灰による精製法を採用、 白い砂糖が製造される。 |
||
| 1299年 | マルコ・ポーロの「東方見聞録」に中国・ 杭州の砂糖についての記述が残る。 |
||
| 1493年 | コロンブスが第二次航海の際、西アフリカのカナリア島産 のサトウキビを、西インド諸島の一つヒスパニオラ島に移 植。アメリカ大陸に砂糖が伝播。 |
||
| 1544年 | ロンドンに最初の精製糖工場。 | ||
| 1605年 | フランスの農学者セルがテンサイ(サトウダイコン)の根の甘さを記述。 | ![]() テンサイ |
|
| 1637年 | 中国の産業技術書「天工開物」に 白砂糖の製法が詳しく記述。 |
||
| 1747年 | ドイツの科学者マルク・グラーフが テンサイからの製糖に成功。 |
||
| 1811年 | フランスの皇帝ナポレオンが テンサイ糖の生産を奨励。 |
![]() ナポレオン |
|
| 1832年 | 甘蔗糖業にはじめて真空結晶缶を使用。 | ||
| 1844年 | 1837年に発明された遠心分離機が製糖 業に導入される。 |
||
| 1997年 | FAO(国連食糧農業機関) WHO(世界保健機構)で砂糖の安全宣言。 |
||
| ※インドの仏教典に砂糖やサトウキビに関する記述があることや、砂糖の英語名「Sugar」の語源が、古代インドの言語であるサンスクリット語で、サトウキビという意味の「Sarkara(サッカラ)」に由来するといわれていることを含め、砂糖の始まりはインドといわれる。 |
日本の砂糖の歴史 |
| 754年 | 中国(当時の唐)の僧、鑑真が日本に渡る際、砂糖を持参したといわれる。 | ![]() 鑑真 |
|
| 756年 | 正倉院に保存される大仏に献上した 薬の目録「種々薬帖」に、 「蔗糖(サトウキビからつくられた 砂糖を意味する)」の記録が現れる。 |
||
| 1367年 | この頃日本で砂糖菓子流行か。 「新札往来」の中に 「砂糖饅頭」の記述が現れる。 |
||
| 15世紀半ばから、茶の湯の流行とともに和菓子が発達。 | |||
| 1459年 | 室町幕府の八代将軍足利義政が、 禅僧に砂糖羊羹を振舞ったという記述。 |
||
| 1523年 | ポルトガル人が種子島に上陸。南蛮貿易が始まる。 | ||
| 1549年 | フランシスコ・ザビエルが鹿児島に来航。 南蛮菓子(カステラ、金平糖、ボーロなど)が現れる。 |
![]() カステラ、金平糖、ボーロ |
|
| 1550年頃 | 日明貿易による砂糖輸入が盛んになる。 | ||
| 1569年 | ポルトガル人の宣教師、ルイス・フロイスが、織田信長に金平糖を贈る。 | ||
| 1581年 | 日本の文献に「こほりさとう」がはじめて出現。 | ||
| 1609年 | 薩摩国大島郡(奄美大島)の直川智(すなお かわち)が黒砂糖の製造に成功。 |
||
| 1623年 | 琉球の儀間真常(ぎましんじょう)により 中国福建省から黒砂糖の製造法が伝えられる。 |
||
| 1727年 | 八代将軍徳川吉宗が サトウキビ栽培を奨励。
|
![]() 徳川吉宗 |
|
| 1868年 | 明治維新による開国で外国から白砂糖が 入るようになり、日本の製糖は奄美大島と 沖縄県の黒砂糖のみとなる。 |
||
| 1879年 | 北海道に最初のテンサイ糖工場(官営の紋別製糖所)建設。 | ||
| 1890年代終〜 1900年代始め |
日清戦争の勝利により日本領となった台湾に近代的製糖工 場が相次いで設立。 |
||
| 1940年代 | 台湾からの砂糖の供給が絶たれ、配給制度によって1人あたり 6大都市で1ヶ月360g、その他の地域で1ヶ月300gとなる。 |
||
| 1944年 | 配給制の打ち切り。 | ||
| 第二次世界大戦終戦により砂糖不足が起こる。国内産の テンサイ糖は乳児用に回される。人工甘味料の使用。 |
|||
| 2000年 | 国内外の専門家を招き科学的な視点での 砂糖と健康に関する検証会議 「砂糖と健康・東京フォーラム」 を開催。 東京宣言が発表される。 |
||
| 国連食糧農業機関(FAO) 世界保健機構(WHO) 安全宣言 |
| 〈宣言内容〉 |
| 砂糖摂取が子供の行動過多(HYPERACTIVITY)や糖尿病に直接結びつくことはない。 砂糖摂取が肥満を促進することはない。 |
| 国連食糧農業機関(FAO) FAO:Food Agriculture Organization |
| 1945年設立、174ヵ国とECが加盟する専門機関。ローマに本部を置き、世界の栄養水準の向上、食糧と農業生産の増大、農村地域の生活改善、技術援助等を任務とする。 |
| 世界保健機構(WHO) WHO:World Health Organization |
| 1946年設立、190ヵ国が加盟(準加盟国・地域2)する専門機関。ジュネーブに本部を置き、伝染病の撲滅をはじめ、すべての人々に可能な限り高い水準の健康をもたらすことを目標とする。 |
| 砂糖と健康・東京フォーラム 東京宣言 |
| 肥満や糖尿病などの原因とされている砂糖が本当に体に悪いのか、という問題を国内外の専門家を招き、科学的な視点から徹底的に検証し、フォーラムの結論として2000年東京宣言が発表されました。 |
| 〈東京宣言本文〉 |
| 自然の恵みの産物である砂糖は、古くから私たちの食生活にとって欠くことのできない食品として生き続けています。「甘さ」は、人間が本能的に求める味覚であり、砂糖の天然の甘さは、私達の心を癒し、生活を豊かで潤いのあるものにしてくれます。 また、砂糖は私達の体と脳のエネルギー源として、大切な栄養素であり、脳内のセロトニンを増すことで、精神を安定させます。 ところが昨今、砂糖と健康に関する様々な誤った俗説が流布されていましたが、幸いなことに、近年、FDA(米国食品・医薬品局)やFAO/WHOの権威ある専門機関による科学的な検証に加え、2日間に渡るフォーラムに於いて、それらの俗説が科学的に誤りであることが、より明らかにされました。 私達は、本日のフォーラムの結論として、21世紀に向けて、砂糖が安全で有益な食品であることを、ここに宣言いたします。 |
![]() ![]() |